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脱毛の新たな目的とは?

「自分は同い年の平均より若めか、この目でたしかめたい」こんなことを考えるなんて、自分でもイヤなヤシだなと思うが、若返りのために必死に努力してきた私である。
自分がほんとうに若返ったのか、自分と同世代の女性は実際はどんな容姿をしているものなのか、その中でいったい自分はどんな位置にあるのか、これらをすべてたしかめたかったのだ。 それをたしかめるのに、同い年の女性たちが大勢集まる同窓会ほどうってつけのイベントはない。
高校生のころ、私はとにかく自分の肌が汚いぶん、肌のきれいな子がうらやましかった。 記憶の中にある彼女たちは、まるで柔らかくふりそそぐ暖かい日差しの中で美しく輝く天使のようだった。

若いときどんな美肌の持ち主であったとしても、所詮、年齢には勝てないものなのだ。 こんな優越感が私はほしかったの?「ああ、Sさん?お久しぶり!元気?」なんと、昨夜の夢に出てきた天使の彼女だった。
でも、実際に会った彼女の顔は、当然というかやはりというか年相応で、天使とは遠くかけ離れたイメージとなっていた。 これが現実。
心の中でため息をつく。 会場にはすでに大勢の同級生が集まっていた。
「Sさん?やだあ、久しぶり!みんな全然変わってないねえ」えっ?この人はもしかすると、あのOちゃん?ウソ。 会場に入るなり私の姿を見つけて声をかけてきた彼女も高校時代、肌がきれいでかわいらしく、私があこがれていた子のひとりだった。
でも、目の前にいる彼女は別人だ。 「みんな全然変わっていない」なんて、いったい何が変わらなかったというのだろう?あれほど白くてシミひとつないきれいな肌だったのに、あんなにたくさんのシミが。
時の流れは、あまりにも残酷だった。 「きれい」はいったし誰のため?ああ、これが年を取るということなのだ。
もう少し、せめて二○代後半ぐらいで一回彼女らに会っていれば、これほどまでのイメージのギャップというものは生まれなかっただろうに、一三年という歳月は人の環境はもちろん、容姿を変えるにはじゅうぶんすぎるほどの時間なのである。 じゃあ、私は、私はどうなの?みんなからどう見えるの?「Sさんは、まだまだ全然現役ねえ。
いま何しているの?」「少し前までラジオのDJをやってて、いまは美容関係の本を書いたり、セミナーをやったりしてるんだ。 」「へえ、すごい!だから肌、きれいなんだ。
なんか、そんな感じするもん!」私のまわりには、いつのまにか美容相談を持ちかける人が集まっていた。 「私、ここのホクロ取ろうかなって思っているんだけど、どこかいいお医者さん知らない?」「どこの化粧品使っているの?」「何か特別なことしているの?」ほかの「天使たち」はどうだろう。

あの子も、そしてあの子も。 私の記憶の中では美しかった彼女たちの肌はすっかりたるみ、目の下には大きなシミが出現。
そんなことを私に聞く同級生の中には、かつての美肌の持ち主もいた。 私は、久々に会った同級生とそんなやりとりを交わしつつ、学生時代に一度も味わったことのない感情に満たされていた。
優越感。 ずっと書いてきた通り、私は容姿、とくに肌に関して劣等感を抱いてきた人間だ。
お金と手間をかけて、痛みにも耐えた甲斐があったなあ。 私は四○歳という年齢にして、やっと肌の美しさで彼女たちに勝てたんだ!でもそのとき、なぜかうれしさと同時にむなしさや寂しさを感じた。
「それが何いったい何だっていうの?そんなことで有頂天になってバカじゃないの?」そんなふうに自分を責めるもうひとりの自分がいることに、私は気づいたのだ。 私は、こんな優越感を感じたいがために、いままで努力してきたのだろうか。

その同窓会からしばらくして、私は大学時代から、渡米中も親交を深めていた女友達と食事。 「きれい」はいったし誰のため?「Mはいつまでたっても若いわねえ…」「まあ、いろいろやっているからね。
それに仕事柄、容姿は気になるし。 」彼女は仕事も兼ねて、まだ生まれたばかりの小さな子どもを連れて、日本に一時帰国していた。
アメリカで大学に入りなおし、現地の企業で働き、アメリカ人の男性と結婚した彼女はつつましいながらも堅実な生活を営み、いま、目のまわりに小さなシワをたくさん寄せながら私の目の前で笑っている。 私は彼女がうらやましかった。
私は、アメリカに永住することが夢だった。 アメリカで結婚し住居も持ち仕事もする、そんな夢を全部かなえてしまった彼女は、私にとってはあこがれの存在だった。
ふそれにしても、彼女ずいぶん老けちゃったな。 私は久々に会う彼女の顔をまじまじと見つめながら、そんなことを考えていた。
「昔はもち肌だったんだよ、私!」まるで、私の心の中を感じ取ったかのように彼女は言った。 「あっ、そうだったよね。
玲子って肌きれいだったもんねえ」私たちは、自分たちが一九歳だったころのことを話しはじめた。 一九八一年夏。
私と彼女は、所属していたクラブの夏合宿に行った。 「マミってさ、私が起きたらもうフルメイクしてるんだもん!全然、素顔を見られる機会がなかったよ」そのころの私は、人に素顔を見られるのをとても嫌っていて、大勢で寝泊まりする場合も誰よりも早く目覚め、誰よりも早く洗面台で顔を洗い、みんなが眠気まなこで起きてくるころにはすっかり完壁メイク、ヘアが出来上がっているような、少し変わった女の子だった。
そんな調子だから、もちろん誰かといっしょにお風呂に入ることもなく、寝る前でさ化粧と称した色つきリップと眉描きは欠かさなかった。 だから、仲間の誰も私の素顔を見たことがなかったのである。
そんな私に対し、彼女は正反対のタイプで、いつもほとんどすっぴんで肌の手入れもそんなにしていなかった。 けれど、どんなときも肌が丈夫なのか、ニキビなども全然できないきれいな素肌の持ち主だった。
でも、やっぱり年月がたっとこんなになっちゃうのかなあ。 いま目の前に座っている、あれからおよそ二○年たった彼女の、年相応に衰えてしまった肌を私はながめていた。

「ねえ、肌の手入れってどんなことしてるの?」唐突に彼女が聞いてきた。 「う-ん、とりたてて大したことはしてないけど、顔を洗うときには牛乳使ってる」「へえ、面白そう。
私もやってみようかな。 子育てで全然自分のことかまえなかったからさ、「きれい」はいったい、誰のため?そろそろ少しは何かやらないとまずいかなあって思って。
」レストランを出てからいっしょに近くのドラッグストアへ行き、アメリカではまだ売っていない化粧品をいろいろと買った。 彼女はとても楽しそうに、これは誰々のお土産にしよう、などと選んでいた。
「じゃあ、また帰国したら連絡するね。 仕事がんばってね!」そう言って、目じりにたくさんのシワを寄せながら、彼女は帰っていった。
ふと、そんな彼女がまぶしく見えた。 シワがあるのに、あんなにきれいだ。
もしかして、私がいま追いかけているものは、ほんとうに正しいものなのだろうか。 何かとんでもない思いちがいをし、大事なものを失ってしまうのではないだろうか。
そんな思いがふと、私の脳裏をよぎった。 ラジオの番組を持っていたとき、一五分ほどフリートークをするコーナーがあった。


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脱毛のココだけの話をしましょう。脱毛は常に前進しています。
脱毛があれば全てが解決します。結構珍しい脱毛だと思います。
脱毛を笑って続けよう!脱毛も悪くないんです。